真っ直ぐ蛇行

やっぱり気づくと黒い服ばっかり増えていく。
たまにピンクのワンピースを着てそれが似合っていたりしてなんかとにかく嬉しい。
なんでもいいから誰かを信じていたいけど、裏切られるのも生きてる証って思う。
「バカみたい」は照れ隠しだったんだけど、でも本当にバカみたいだよ。
誰からも理解されていることがすぐれているということなら、私はいつまでも不良でいたい。
置いて行かれたくなくて数字を必死で覚えたんだ。
レシートとか吸い殻とか全部ほしいです。
心の傷も写真にうつればいいのになあ。
トイレから帰ってきてもいなくならないでね。
また連れてってよ、もう泣かないからさ。
私、あそこに行きたいんだ。
ほら、犬が店番やってるタバコ屋…。
とにかく遠くに行きたいよ。
信じてもらえなくてもよかった。
これ以上失うものはないから。
どうか勘違いしたままでいて。
私だけが答えを知っているその誤解を、我が子のように見守り続けたい。
大きくなってどうしようもなくなったとき、見殺しにしたい。
騙し絵の中の住人は、自分が騙されていることに気が付けない。
自分のついた嘘すら忘れてしまうかわいそうなひと。
ひとりじゃ別人になれないよ。
いっしょに死のうよって何度もお願いしたのにね。
でも無視してくれてありがとう。
許せないけど、許してね。
許していたら断る権利がないからね。
たぶん私はもう憎むことをやめられない。
星は守り神なんかじゃないのよ。
人生つまらんから遺書を書いた。
伝わる?

 

潮時

約束に遅刻するほど化粧に時間をかけるくせに、雑に呼び出されて、また汗だくのままファミレスに向かう。
ああこの人の記憶のなかのわたしは、仕事終わりでぐちゃぐちゃの顔ばかりなんだろうなと思ったら情けなくて涙がにじんできた。
お腹がすいているふりをしてわざと急いでパスタを食べた。
そもそもわたしの顔なんて人の記憶に残るほどのものでもないか。
なにも言われないからなにも言わないでいた。
朝帰りするたびに増える安い化粧品が、まるでわたしのほんとうの価値みたいに思えて納得した。
口の中のやけどがひりひりと痛むのを感じる。
わたしは傷ついていることに気づいた。
清潔な部屋では一睡もできなかった。
一年じゅう出しっぱなしの毛布に包まれて、安心して昼日中まで眠った。
聞いたことのない歌が聞こえてきて目が覚めた。
そんなもんだ、とつぶやいた。
知っている曲が一曲増えた。
昨日のわたしとの違いなんてそんなもんだ。

恋人を散歩に誘って海まで歩いた。
季夏とはいえ西日がじわじわと肌を焼く。
つまらない奴だと思われたくなくて無理してはしゃいでみせた。
不機嫌な頬を汗がつたって泣いているみたいだった。
見てよ夏の雲が、と言いかけて、あんなに憎んだ小樽の空を思い出した。
案外許せている自分に驚く。
思い出したくないと思っていることほど忘れられない。
もう忘れてたよ、悔しかったこと。
ぬるくなったカルピスを飲み干す。
恋人が投げた貝殻が夕波に消えていった。

糞度胸

両膝にでかい痣ができても、だれにも見てもらえない
七色の光で体を洗った
なにも考えたくないな、水平線
いまだけ私を地球上から見逃していて
半袖が怖くなくなったけど、静かな朝が怖い
こわくて、触れることができない
しあわせだと伝えそこねた
だれのせいでもないね
木曜にもらった花を捨てた
思い出のある曲を聴くのがこわかったけど、いつのまにか大丈夫になった
ぬるい赤
痛いよ
二度と穿かないスカートにさよならをした
橋の上でふたりきりになったとき、この橋が落ちればいいのにと思った
猫をおいかけるきみをおいかける
自分で順番をきめる仕事
愛を人質にして、平気な日常を歩いています
つぶしてごめんね
でも助けてあげないよ
機械の声だけになった世界でも月がきれいだといいな
夜が暗いといいな
空と海の境界が水平だといいな
花が枯れるといいな

悪手と握手

ケチャップで書いたLOVEと缶ビールが生きる意味
わだかまりを集めては、自分の存在意義を確かめる
ふと思った、なにも続ける必要はないのだと
52時間眠らなかった
眠れなかった
ずっとあの日を繰り返したかった
いつか死ぬために生活を続けているかわいい私をどうして愛してあげられないのだろう
好きな色を選べるようになったのに、ひたすら黒い絵の具と混ぜ合わせている
水の中で泣いている
オムライスにナイフを入れたらそのまままっぷたつになった
すべてが無意味になる瞬間を目の当たりにしたことはあるか
頭がしびれて指の動かし方さえ分からなくなって
やっと動く目玉で助けを求めたのに
遠ざかるうしろ姿がつめたくて、やがてぼやけて消えた
そのとき私は一度死んだのだから、この先ためらうことはなにもないはず
世界の中心で愛を叫んでもいいよ
79億人の中にまぎれて誰も見ていない

ジギタリス

後悔をしたり母のことを考えたりするのっていつまで許される行為なんだろう
誰の話も聞きたくないと思いながら、気づけば人の真似ばかりして生きてる
いいんだよ
それはほんとうは肯定ではなく、単なる諦めだった
こだわりなんかないのに、机の上のコースターの位置をやたら気にしたりする
なんの暗喩でもないから、読み取ろうとしないでほしい
私はそこまで頭がよくない
どっちが順路かわからない
左向きの矢印にしか従えない
おやすみのかわりに、ありがとうと言ってから眠った
きょうも醜い自分をごまかす
白く光る横顔がうれしそうで、さみしかった
忘れてもいいし、許さなくてもいいよ
何もかもを捨てた私を、信じられなくてもいいよ
こみ上げる言葉、愛の言葉を飲み込んだ
弱い背中に気付いてほしかった
夏がはじまる前に、思い出す前に
嘘をつきすぎたこの街に、最後の嘘を置いていく
空がきれいでそれだけで、まるで思い出みたいに居座る
空っぽのままでいられたら済んだ話を、辿ることを選んだ自分への罰
明日は来ないよ
死ぬまできょうを繰り返すんだよ

上から見た紡錘形

メールのアカウントのパスワードを忘れたり、
写真を消す勇気とか。
そういうのも成長って言ってもいいかなあ。
嘘をついていますと打ち明けること。
早歩きの帰り道。
全部正解だよ。
好きな人に好きだと言えて偉かったね。
壁にあいた画鋲の穴を探すみたいな、
ほんとうに性格の悪い荒探しばかりしてしまう。
太陽の光だけで生きられたら素敵なのに。
たぶん、もっと自信が持てるのに。
時間とか日付とか年齢とか、数字の流れにはうんざりする。
なんかそういうのじゃなくて、
もっとてきとうに過ごしていくのは、駄目なんですか。
じっさい私ってけっこうてきとうに生きていて、
一度開けたクッキーの袋を髪ゴムでとめたり、
輪ゴムで髪を結わえたりする。
取り乱していてもあなたはあなたのままだよ。
あの人のパーマ頭が嫌いとか、
駐車場の砂利が嫌いとか、
キャッシュカードの色が嫌いとか。
またきょうも死ぬほどどうでもいい嫌いを集めて勝手に泣きそうになっている。
でも、ゆびわをなくしても泣かなかったね。
明日またあそぼうねと言って、ほんとにあそんでくれる人。
白いパーカーのミートソースの染みを、思い出と呼ぶ人。
いつになっても私には笑顔が似合わないけど、
べつにもう笑えなくてもいいかもと思えてきた。
それは諦めというよりは、前向きな、ちいさな決意。
たばこでも吸おう。
となりにいることを、どうか許してください。

平生

枕元に落ちている黒い糸くずにドキッとしたり、鏡が私を守ると信じてみたり。
ゴミ箱いっぱいの髪の毛と、黄色の付箋紙。
コップの水に埃が浮かんでいる。
午前4時頃、カーテンの隙間から外を見る。
風が、空が、しずかに朝の準備をしているこの時間が嫌いだ。
向かいの部屋の明かりがついているのを確認してから、やっと安心してメガネをはずす。
視界の端に手が見えて、私はそれに意識をゆだねる。
私の新しい職場はサンドウィッチ屋だ。
トマトの正しい切り方はどうだったか。
ドレッシングの酸味を思い出して鼻の奥がツンとする。

私は何度も、数え切れないほど同じ光景を見てきたと思う。
いつも決まった時間にネコが現れて、私はそれを追いかける。
水の入ったペットボトルが並んでいるその隙間に、ネコはからだをすっぽりと落ち着かせている。
私が黙ってネコの目を見つめ続けると、ネコも黙って私の目を見つめ返す。
血飛沫が白い壁を汚した。

茶色の折り紙で、チューリップを折る。
あざやかな色を選ぶことはぜいたくだから。
おかあさんに買ってもらったメモ帳を全部ともだちにあげた。
ともだちには親切にしたほうがいいから。
顔に靴を投げつけられて、口の中に土が入った。
ありがとう。
ともだちが見つけて持ってきてくれたから。
ろうかの窓から体操着を外に落とされた。
でもそれでよかった、体育とか、出たくないから。
ひとつも間違ったことなんか、おかしいことなんかなかった。

朝に寝てもいいし、夢はすぐにあきらめてもいい。
泣いてもいいし、好きなものしか食べなくていい。
食べ物を食べなくてもいい。
タバコを吸ってもいい。
嘘をついてもいい。
人を愛してもいい。
高校生の頃から聴いている曲がある。
太陽は登るとか、あまりにも自分には関係ないことを言う。
それでも、数え切れないくらい聴いた。
好かれるために嫌われる。
ひとりになるために助けを求める。
死ぬために生まれた私たちに、今さら文句を言うのは誰なんだ。
毎日、吐き気がする。

自分以外のすべてのスピードが速すぎる。
おわりが見えないすべり台に体をあずけている。
困ったなと思っているうちにすでに何もかも取り返しがつかない。
ごめんなさい、もう何もしたくないんです。
文字が思い出せない。
時計の下に、日付の下に、私を救う、たった二文字を。
思い出させて。
汗と涙が髪の毛を濡らして、自分が世界で一番かわいそうだと、声を出さずに叫ぶ。
私と私の好きなひとのために用意された世界が、たぶんどこかにあるはずなのに。
夢を見ているんだろうか。
失敗しているんですか?この人生は。
きっと鍵をなくしただけなんです。
そんな目で見ないでください。
戻りたいところなんてなければ、変わるのが怖いわけでもない。
いま抱えているいろいろが、ただ混乱しているうちに終わってしまいそうな気がするのが怖い。
世界とか、人生とか、そんな大げさな、幼稚な言葉を使うつもりはなかったんだけど。
生きるって嘘みたいなことばかりだと思っていた。
本当のことらしい。
割れた皿とか、枯れたサボテンとか、全部本当のことらしい。