人間っていいな

風呂上がり、お気に入りのコロンを内腿に吹きかけてから、パジャマを拾い上げて身につける。パジャマをたたんだことがない。床か、あるいはベッドに、乱雑に落ちてる。私は一年中、襟のついた長袖の綿100%のパジャマを着て眠る。素肌(特に首周り)に綿の生地が触れていないとうまく寝付くことができない。理由ははっきりわからないが、体がそういうふうになっている。20年以上そうやって生きてきた。たまにホテルなどに泊まるたびに苦しい思いをしているのだ。パジャマを持参すれば済む話だが、何分、ムードというものがあるだろう。
「唸り声がうるさすぎて、とてもじゃないがもうお前と寝ることはできない」
○んでくれ。

部屋があまりに寒く(今朝の室温は3度だった)、チューブのリップクリームが固まって出てこなかった。出てこないどころではなく、カチカチだ。なんとなく、自分が死んで、その死体がていねいに布団に寝かされ、葬儀屋のひとが持ってきたドライアイスで保冷されるところを思い浮かべた。凍らされたら、体の中の脂肪とかこういうふうになっちゃうんだろうなと思った。使えないリップクリーム。なんの役にも立たない死体。人間の脂肪は4℃で凍るそうだ。

夜は暗い。暗いのは好きだ。自分がここにいることが浮き彫りになる。見えないものは見なくてよい。余計なものを見ずに、ただ自分の存在をよく感じ取ることができるようになる。しかし暗くて寒いのは、駄目だ。確かにそれは、吸い込んだ空気が肺を突き刺すような寒さだった。体中の皮膚が痛む。とにかく冬の夜は寂しいものだった。寂しさを消し去りたいわけではない。たとえばとなりに愛する人がいたとして、かといって寂しさは消えるかというと結局のところそうではないだろう。となりに誰がいてもいなくても、寂しいものは寂しい。私は限りなく貪欲な人間だ。

「貪欲に調べつくしましたね。良いレポートでした」
大学生の時にゼミの先生にそう褒められたことがあったのを思い出す。ありがとうございます。当時はそんな無難な返事をしたと思う。
そうなんです、貪欲なんです。好きなものは満足するまで食べたいのです。知りたいと思う気持ちも、寂しいと思う気持ちも、貪欲さが動かしている感情です。自分がこの先、生きていくことも、死ぬことも、うまく想像できません。あと何十年も生きるとか、明日死ぬかもしれないとか。もしくはそのどちらでもないかもしれない。
でも、先生、私は私のために生きていくことができるようになりました。