お姫様になりたい

全身鏡に映る部屋が妙に白々しく感じた。積み上げられた段ボールや服の山を、他人事のように眺めた。今まで、いろいろなものをよく見すぎていた。なにひとつ見落としてはいけないような気がしていた。取り返しのつかないことが起こる前に、何かが食い違ってしまう前に、それを見つけなければならないと思っていた。常に人生は2択の問題の連続で、吐き気がするほどの緊迫感のなかで生きていた。生きるか死ぬか。極端に言えば、そういう気持ちで生きていた。こんな平和な世の中で、ずいぶん大げさで馬鹿馬鹿しいお悩みを抱えているものだ。そしてもっと言えば、私はすでに2回死んでいる。人間は5回までなら生き返れるらしい。やはり平和な世の中だ。
鏡の国を覗いたとき、まわりの音が聞こえなくなった。全部偽物に見えた。物であふれかえっているこの部屋が、からっぽに見えた。私がどこにいるかわからない。しまった、と思った。あんなに気をつけてきたのに、なんてもの見落としてしまったんだ。自分が誰だかわからない。2021年4月3日。私は3回目の人生をスタートさせた。