0.2ルクス

溶けたチョコレートに指を突っ込んだような色の爪が、スマートフォンを操作するたびにちかちかと光を反射してうるさい。マニキュアを塗ってぶりっ子をしたけれど誰にも褒められなかった。でもそんな自分が今は少しだけ好きだ。自分で良いと思えなければ他人に認められるわけがないのだと、強気に人生を歩むひとの考えを真似した。環境や病気に甘えていつまでも弱気なのが恥ずかしく最近は筋トレをやり始めた。自分のためなのである、生きるということは。心境の変化を嬉しく思うしきっかけを与えてくれた人物にはほんとうに感謝している。ただし上品な艶のある爪以外は下品な偽物である。
 
暗闇でなければできないことがあると思う。
相手の顔が見えないまま並んで歩くこと。自動販売機に蛾がとまっているのを見つけて小さく悲鳴をあげること。部屋が散らかってるのを無視できること、壁の傷を見てみぬふりすること、ベッドの上でのキス。ろうそくの灯りをふたりで見る。
暗いと見える範囲が狭くなるのは当たり前のことだが、縮んだ世界を独占できる感覚が私はとても好きだった。暗闇の中では、無防備で、寂しくて、目に見えるものすべてが愛おしく感じた。
またいつか誰かと暗闇を共有できる日が来るといい。
 
家を出る準備をして積み上げたダンボール箱に足の小指を引っ掛けた。痛くて泣いても誰も見ていなくて、私は思わず笑った。明るくないと前は見えないのだ。