なかない猫

逆上がりをしてそのまんま
さかさまの景色を眺めた
先生の笑った顔が怒っているみたいだった
これでいいんだ
みんなが普通にできることを自分も普通にできるようになること
普通を調べる定規はなんて恐ろしいんだろう

夏休み中逆上がりの練習に付き合ってくれたおじいちゃん
初めてさかさまの景色を眺めたとき
おじいちゃんは優しく笑っていたけれど
私はもしかしたら
おじいちゃんを怒らせていたのかもしれない

公園でBB弾を集めた
それが何かもわからないまま集めていた
落ちているほとんどが肌色だったけれど
肌色以外を一生懸命集めた
とくに透明なピンク色が大好きだった
それが何かもわからないまま
数えたときは45個だった
宝物だった

私といるとよくないことが起こるらしい
“不幸のネコ”とあだ名がついた
ある日突然そう呼ばれた
私は聞き取れなくて
そう口にした友達の服のすそを咄嗟に掴んだ
友達のワンピースが破けた
友達は泣いていた
次の日
お母さんと一緒に先生に呼び出された
お母さんは友達の破けたワンピースをなにも言わずに縫い付けてくれた
“不幸のネコ”は孤独だった
“不幸のネコ”はひとに不幸を運ぶらしい
“不幸のネコ”は泣き方を知らなかった

宝物が盗まれた
でも“不幸のネコ”はなにも言わなかった
余計なことをしてはいけない
宝物を入れていたたまごっちの絵が描いてあるケースが
校庭の鉄棒の下に捨てられていた
先生の怒った顔を思い出した
プラスチックのケースはバキバキに割れていた
“不幸のネコ”は悲しかったけれど泣き方を知らなかった

おじいちゃんが私を呼び出した
おじいちゃんは私に小さな包みを手渡した
ピンク色の包み紙を開けると
百円ショップで売っているピルケースいっぱいに
アイロンビーズが詰め込まれていた

私はアイロンビーズでうさぎの形を作った
お母さんがそれをアイロンで硬化してくれた
完成したうさぎのマスコットをおじいちゃんにプレゼントした
おじいちゃんはそれを鍋敷きにして
うさぎは一日で原型をとどめない代物になった
“不幸のネコ”はそれがうれしくて笑った

4月5日
おじいちゃんは毒キノコを食べて死んだ