勘違い

「今朝、靴下を履くのに失敗して16箇所骨折した」
中学時代、全身の骨が発泡スチロールでできているクラスメイトがいた。日常生活において様々な不便を強いられているようだった。成績は優秀で、努力家だった彼は中1で漢検準1級に合格し校内でも表彰を受けたりしていた。一方で運動は苦手であった。すぐに骨が折れてしまうからである。
ある日、彼は誰にも何も言わずに突然転校した。先生に彼のことを聞いても何も話してもらえなかった。次第にみんな、彼のことは忘れていった。
十数年経って彼が夢に出てきた。中学校の校舎の屋上の柵の外側に立ち、彼はこちらをじっと見ていた。私は彼に近づこうとしたが身体がぴくりとも動かなかった。全身の骨が砕けた発泡スチロールになっている。彼は「またね」と呟き、風に吹かれるように私の視界から消えていった。


部屋の壁掛け時計が人の顔に見えたのだ。笑うばかりで時刻を教えてはくれない。おととい電池が切れてから交換していなかったから、どうせ時間を知ることはできないのだけれど。
電話についている数字のボタンの1を2回、7を1回の順に押すと、電子音とともに10秒毎に現在時刻を読み上げるだけの女性の声が聞けるらしい。昔に母から聞いたことがある。私はその通りにやってみたのだが、電話に出た女性は「これは不幸のメッセージです。5日以内にあなたに不幸が訪れます」としか話さなかった。


おとなしい、口がついていないみたい。
よく周りの人たちからそう言われたのを思い出す。何も喋らず、何も口にすることなく、ずっと使っていなかった口はいつの間にか唇がくっついて塞がっていた。特に困っていることはないが、そろそろものを食べたいような気がした。
私は拗ねた子供の如く膨らませた自分の頬をはさみで切った。粘土を切っているような感触だった。あいた穴から空気が抜けた。なにか食べようかと思いキッチンを探したが、芽の生えたじゃがいもが転がっているだけだった。
頬の穴から水道水を飲み、気まぐれで久しぶりにたばこをくわえた。くわえたというよりは穴に差し込んだ。しかし、うまく息を吸えず火をつけることができなかった。