仙台浪漫 第三章 抹茶ラテの緑

南さんと付き合うことになり、数々のデートをした。(南さんとのデートは、毎回思わず人に話したくなるような予想外の出来事が起こるのだが、その“数々のエピソード”はまた別の機会に紹介したいと思う。)それから早いもので4か月が経った。
その日、学校帰りに南さんと会う約束をしていた。予定通り、約束の時間に仙台駅のステンドグラス前で落ち合う。私はまず「タワーレコードでCDを見たい」と言って、それに付き合ってもらった。私はいつものように邦ロックのコーナーでしばらく試聴機にかじりつき、その後、気に入ったCDを購入した。
「何買ったの?」
「或る感覚ってバンドの。ファーストアルバムらしいです」
「加乃子って、アジカンとか好きそう」
「んー、まあ、好きですよ」
南さんが本当はバンドの音楽なんかに興味がないことはとっくに知っている。今のだって、さっきの試聴機に貼ってあったタワレコ店員手作りPOPそのまんまだ。
アジカン好きにおすすめ!』
しかし正直、何度聴いてもそこが結びつくとは思えず、納得できずにいて未だにそのPOPを鮮明に思い出す。

個人的に仙台民あるあるだと思うのだが、目的もなくだらだらとアーケードの端まで歩いてしまう。
「ねえ、ディズニーランド行こうよ」
「えっ、いつですか?」
南さんと旅行?行ってみたいっちゃ行ってみたい。でもお母さんが絶対許してくれないな。どうしようかなあ。と、ぐるぐる考える。
「いや、ほら。ここ」
南さんはそう言いながら、ディズニーストアを指さした。
そんな会話をしながら勾当台公園の方まで来てしまう。そして再び駅の方へ戻るのだった。

歩くのも疲れてきてカフェで一休みしようということになった。エクセルシオールカフェへ行く。私はアイスティーを、南さんは温かい宇治抹茶ラテを頼んだ。ソファの席しか空いておらず、とりあえずそこに座ることにした。低いテーブルを挟んでソファが2脚ある席で、私は促されるまま壁側の席に腰かけた。てっきり向かい合わせに座るものだと思いきや、南さんは私の隣に座った。狭かったし、傍から見ても異様な光景だったと思う。
南さんは長い脚を組み替え、低いテーブルからマグカップを拾い上げると、私にこう問いかける。
「今度さ、儂の部屋来ない?」
南さんの一人称は儂だった。初めて会った日、話しているときは気がつかなかった。“私”と言っているものだと思っていたからだ。後日南さんから届いたメールに“儂”と書かれていて、その時に初めて理解した。その話を美咲にしたら、美咲は爆笑していた。いや、もしかしたら地元の方言かもしれないじゃないか、知らないけど。
「南さんの部屋?」
「そう。勉強見てあげるよ」
「勉強、ですか…。考えておきます」
私がその後南さんの部屋を訪れることはなかった。私は受験生にも関わらず、まったく勉強ができないどころか、そもそも授業についていけてなかった。大学に入ろうなんて思っておらず、結構てきとうに過ごしていた。勉強という単語を聞くと、途端にあらゆるやる気を失った。
失うと言えば、その1週間前に私は処女を喪失した。記憶はあまりない。入ったのか入らなかったのかもわからない。ただ痛かった。その帰りの電車で私は、最寄り駅を乗り過ごして門限に間に合わなかった。

私は南さんのことを好きでも嫌いでもなかったと思う。ナンパされる→断れない→付き合う。欠陥のある頭を必死に動かした結果、そういう結論に至ってしまった。それでもなんとなく、これは正解ではない、よくない選択肢を選んだんだな、という自覚はあった。自分にとっても、南さんにとっても。

ペデストリアンデッキから待機中のタクシーたちを見下ろしながら駄弁っていた。相変わらず何を話して過ごしたかはほとんど覚えていない。私の右側に並んで立つ南さんの横顔を眺める。口の周りには抹茶ラテのあとがついていた。その緑色の唇を見て私は、肩の力が抜けるのを感じた。1台のタクシーが移動するのを目で追いながら、私は呟いた。
「南さん。私、もう会えません」
南さんは何も言わなかった。私は続ける。
「ありがとうございました。楽しかったです」
私は仙台駅の駅舎へ向かった。