仙台浪漫 第一章 アニメイトの袋

仙台を語るにあたって、駅前の“ペデストリアンデッキ”は欠かすことのできない存在だ。仙台駅西口に広がる大規模なデッキのことで、バスプール、タクシー乗り場、オフィスビル、商業施設、商店街のアーケードなどに直結する通路である。仙台の人間はペデストリアンデッキを通って街へ繰り出す。拠点のような所だと私は思っている。そこは、待ち合わせ中の人々がたむろしていたり(仙台駅の待ち合わせ場所といえばステンドグラス前が定番ではあるが)、ベンチで休憩したり、托鉢僧がお経を読んでいたり、七夕まつりなどのイベントがある日には出店が並んでいたりと、ただの通路というよりは、多目的に利用されている。時々、駆け出しのミュージシャンなんかが路上ライブをしていることもある。
高校3年生の春。17時頃。例によって私も、ペデストリアンデッキでたまたま行われていたギターの弾き語りを聴いていた。私はロキノン厨でオタクで腐女子で、とにかく痛い女子高生時代を過ごしていた。学校帰りにPARCOのタワーレコードに行き、邦ロックの試聴コーナーで片っ端から試聴する。それからアニメイトへ寄り(当時は魚屋の2階に店舗があり、仙台アニメイトといえば魚臭いことで有名だった。)、漫画やアニメグッズを見るのが日課だった。その日は、黒子のバスケのアンソロジー本を買った。
目的を果たし、ペデストリアンデッキを歩いて仙台駅へ向かう途中のことである。私はアニメイトの青い袋さえ宝物で、持ち手がクシャクシャにならないように大切に胸に抱き、早く中身を確認したい一心で歩く速度も自然と早くなった。しかし、そこでふと聞こえてきた歌声が、私にとんでもない出来事をもたらすのだった。その声のする方を見ると、人だかりができていることに気付いた。近づいてみると、若い男性がアコースティックギターで弾き語りしていた。私は当時、小さなライブハウスでインディーズバンドのライブを観ることにハマっていて、とにかくギターを弾いて切なげに、人類みんな敵みたいに歌を歌う人に目がなかった。曲も歌声も、嫌いではなかったので、自分もその人だかりに混ざって演奏を聴くことにした。
と、ここまで書くと、私と謎のバンドマンとの出会いの物語だと思われるかもしれないが、残念ながら(?)そうではない。
今となっては、その弾き語りの男性の名前もどんな声だったかも、どんな曲だったかも覚えていない。それでも私の他にも10人以上は集まっていた光景は記憶にある。それから、ギターケースに立て掛けられた手書きの看板には『香川から来ました』と書かれていたことだけははっきりと覚えている。1曲の演奏が終わり、弾き語りのミュージシャンが「聴いてくれてありがとう」云々と話し出したとき、隣で聴いていた男性に話しかけられた。
「香川からってすごいよね」
「そうですね」
これが私たちの最初の会話だった。
それこそ小さなライブハウスに集まったときの、同じ空間を共有している仲間意識みたいな独特の雰囲気は、急にコミュニケーション能力が高まる(気がする)。知らない人ともなぜか平常心で会話ができる(気がする)。でも私は真面目で、そしてかなり馬鹿だった。2、3当たり障りのない会話を交わしたあと、私がその男性へ投げかけた質問はこうだ。
「彼女とかいるんですか?」
アニメイトの青い袋は、持ち手の部分がすぐクシャクシャになる。