時限

海の真ん中で、上を向いて水面から顔だけを出して漂っている。呼吸はなんとかできる。でも少しでも顔をそらすと水を飲みこんでしまう。海水が目に沁みる。進む方向がわからず、確認することもできず、ずっと漂っている。
漂い続けてどれくらいの時間が経ったのだろうか。まわりには同じく海面を漂う人々がいるのだけれど、みんなが何の話をしているのか、私には全然聞き取れない。向こうのほうで、誰かが言い争っている。二人はお互いの足の引っ張り合い、やがて二人とも溺れて死んでしまった。私はそれに巻き込まれないようにとにかくもがいた。
こどもの頃に水泳を習っていたけれど、どうしても泳ぎかたを思い出せない。苦しい。誰か、手を引っ張って。一緒に溺れて。寂しい。

『04/27(火) 10:00』
大音量のアラームが響く。頭が痛い。尋常じゃない量の汗をかいている。自分の手をきつく握り締めていて、手のひらに食い込んだ爪の痕が赤黒かった。またきょうも生き延びたらしい。そろそろ本当の自分がわからなくなりそう。

私ってだれ

冷蔵庫の中のレモンサワーが私の残機みたいだった。またきょうも1機減っていく。お酒を飲んだら気持ち悪くなって、ついに体がアルコールを受け付けなくなってしまったのかと憂慮したが、それはただ単に胃に何も入れない状態で飲酒したからかもしれない。飲み切れなかったレモンサワーの炭酸の音を、しずかに聞いていた。
いつの間に4月26日の朝が来ていたんだ。ベッドで横になっていたら5時になっていて泣きそうになった。カーテンの隙間からこぼれた群青色が、姿見に反射して光っていた。6畳の部屋がたちまち閑寂とした空間になる。視界がゆがんでドアまでの距離が遠のいて見え、ありえないほど広く感じる。
ぼやける視界に目を擦ると、目からピンク色のガラス片が出てきた。なにもかも綺麗なんだ。こんなにどうしようもない生活をしていても。人びとが起きて出掛けていくころ、私はガラス片で手首を切った。

そういえば小学生のころ急に「カオス」という言葉が流行った

ネットで買い物をしすぎてやべーと思って口座残高を確認したら、辞めた会社からお金が振り込まれていてラッキーと思った。そしてアマゾンでグミを箱買いした。
頑張るか、いろいろ。脳がうまく動いていない。なんでそう思うんだろう。毎日なにもしていないから当然か。みんなを見ていると、本当に、申し訳なくなる。みんなっていうのはTwitterのTLの人たちのこと。
4月25日。日付だけは把握する癖がついた。たぶん、自分を見失わないように。小学校の黒板をふと思い出した。朝、教室に行くと、必ず黒板の右端に正しい日付が書いてある。誰がいつ書いたかも知らずに、黒板には正しい日付が書いてあるということが当たり前すぎて、きょうの日付を間違える大人たちが不思議だった。
外に出ないと本物のダメ人間な気がして(もう十分ダメ人間だ)、無理やり外に出た。特に何もしないしコンビニにすら行かない。アロハシャツと便所サンダルで家を飛び出す。外の空気に身を投げ出す感覚。部屋のよどんだ空気で満たされた私の肺が、血液が、洗われるような感じがした。サンダルって結構寒い。足から体温が奪われていく。30秒で家に帰った。完全にちょうどよく暖かくなったころ、また私と遊びに出かけてくれますか?
ベッドサイドには図書館で借りた本が山積みになっている。そのほとんどを読み切らない自分に嫌気がさす。一応、すべて数ページは目を通すけど読み切れない。YouTubeで女の子ばかり見ているから時間が足りない。それでも図書館に行って本を返却するとき、スタッフの人に笑顔で「ありがとうございました」と言う。
ごめんなさいとありがとうと明日もよろしくねでいつも感情がグチャグチャになる。なんでこんなことになっているんだ。

乾ききった体に、心に、麦茶

新しいネイルが高かったのにダサい
相変わらず額の乾燥がひどい
見たい配信が多すぎる
しばらくカラオケに行けなくなる
外でお酒が飲めなくなる
また不味い梅水晶を頼んだ
チーズが飲み込めなかった
友達を励まそうとして余計なことをした
でもなぜか人間っていいなと思った
電車を調べたら今日中には帰れなくて4月24日になってしまった
いろいろ考えていたら吐き気がしてきた
駅でゲロを吐いた
誕生日に妹からもらったハンカチで服にかかったゲロを拭いた
コインランドリーで洗ってにおいをかいだら大丈夫そうだった
迷走している気がする
最近よく笑える
いろんなひとに迷惑をかけているのにのんきでごめんなさい
でもなぜか人間っていいなと思った
部屋でパソコンを見ていたらまた地鳴りがした
いつも深夜にマンション全体が揺れるほどの謎の地鳴りがする
気になってベランダから外を見下ろすとマンションにプリウスが突っ込んでいた
でもなぜか人間っていいなと思った
麦茶を飲んで寝た

嫌嫌

5時に寝た。14時に起きた。スマホで日付を確認する。4月22日。ベッドに寝っ転がったまま顔だけを動かす。死ぬ気で組み立てたニトリのベッド。いつも通りの見慣れた景色だ。きょうは特に予定がない。天井を見つめながら、さてどうしようかなと考える。すると、インターホンが鳴った。なにか頼んだっけ。記憶をさかのぼりながら玄関のドアを開けると、そこには誰もいなかった。今どきピンポンダッシュってあるんだなと思いながら部屋に戻る。それから何事もなかったかのようにゲームをした。ゲーム自体得意ではないのだが、最近パソコンを買ったこともあり、キーボードとマウスで操作するゲームに挑戦している(PS4のコントローラーでもできるが、あえて)。すぐ死ぬ。なにもうまくできないな。継続は力なりというし、地道に続けてみようと思う。また死んだ。繰り返すほどにイライラする。
18時頃、再びインターホンが鳴ったが、やはり誰もいなかった。さらにイラつきをつのらせながら部屋に戻ると、去年買った観葉植物が目に入った。名前は忘れた。小さな白い鉢に入った、見るからにか弱い植物だ。緑はこんなにも健気に生きている。きょうはアースデイ。緑を守ろう。イライラするのをやめて地球環境のことを考えよう。